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鹿児島地方裁判所 昭和37年(わ)429号 判決

被告人 西ケ野清市

昭一二・一・二五生 農業

主文

被告人を懲役八月に処する。

未決勾留日数中二〇日を右本刑に算入する。

押収してある普通預金通帳一冊(証第一号)、印鑑一個(証第二号)を被害者上村芳国に還付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和三七年九月八日頃、鹿児島市鴨池町七四七番地三共アパートにおいて上村芳国管理の現金七、〇〇〇円、鹿児島相互信用金庫に一〇、〇〇〇円預金してある同人名義の普通預金通帳一冊(証第一号)、同人名義の印鑑(証第二号)及び洋服ダンスほか四点(時価合計約二一、五〇〇円)を窃取し、

第二、同月一〇日、同市山下町三七番地鹿児島相互信用金庫上町支店において同店係員内村幸子に対し、前記窃取した上村芳国名義の預金通帳と同人の印鑑とを使用し上村から預金の払いもどしを依頼されないのに依頼されたようなふりをして預金の払いもどしを申し込み、同係員をして被告人が右払いもどしを受ける正当な資格のある者である旨誤信させ、よつて即時同所において同係員から預金払いもどし名下に現金一〇、〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(累犯加重の原因となる前科)

被告人は、(1)昭和三一年五月三日宮崎簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年、四年間執行猶予(同三四年四月二四日刑執行猶予取消、同月二八日確定、同三五年三月二日刑執行開始)に、(2)同三四年三月一三日宮崎地方裁判所都城支部で窃盗、詐欺各罪により懲役一年に、(3)同三六年五月二三日都城簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年に各処せられ、いずれもその頃右各刑の執行を受け終つたもので、この事実は、被告人の当公廷における供述及び検察事務官作成の前科調書により明白である。

(法律の適用)

法律に照らすと、被告人の判示第一の所為は、刑法第二三五条に、判示第二の所為は、同法第二四六条第一項に該当するところ、被告人には、前示各前科があるから同法第五六条第一項、第五九条、第五七条により各累犯加重をし、以上は、同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条、第一〇条により、犯情の重い判示第一の罪の刑に同法第一四条の制限に従つて併合罪加重をし、その刑期範囲内で、被告人を主文第一項の刑に処し、未決勾留日数の本刑算入につき同法第二一条を、主文第二項掲記の各物件の被害者還付につき刑事訴訟法第三四七条第一項を、各適用して主文第二項及び第三項のとおり定め、同法第一八一条第一項但書を適用して、被告人に訴訟費用を負担させないこととする。

なお、当裁判所は、被告人の別件控訴中の事件(加治木簡易裁判所昭和三七年一〇月一八日言渡。以下甲と称する。)につきなされている勾留による未決勾留日数の一部を本件(以下乙と称する。)の本刑に算入したのであるが、次にその理由を示す。

乙は、甲の犯行の翌日ないし不日の間に犯されたもので、被告人の司法警察員(右簡易裁判所管内横川警察署員)に対する昭和三七年九月二五日付の前示供述調書、被告人作成名義の同日付の判示印鑑、普通預金通帳等を任意提出する旨記載した任意提出書、同署司法警察員作成の同日付領置調書、前示内村幸子の同署司法警察員に対する同月二二日付供述調書、中西政子、中村のり子の各同署司法警察員に対する各同日付各供述調書、佐藤義治の同署司法警察員に対する同月二〇日付供述調書、佐藤義治作成名義の同日付任意提出書(判示第一の賍物に関するもの)、同署司法警察員作成の同日付領置調書、上村芳国も当時身柄を拘束され取調が容易であつた事情等を総合して考察すると、捜査官としては、すでに昭和三七年九月二五日には、被告人の乙にかかる犯罪事実を探知していたと認められるので、甲の第一審判決言渡当日である同年一〇月一八日前までに、甲の担当検察官及び前記簡易裁判所に連絡の上、少くとも乙のうち窃盗の点を甲に併合審理させることが十分できたものと認めざるをえぬ。その上又はそれと併行して乙のうち詐欺の点(又は乙自体)を鹿児島地方裁判所加治木支部(又は当庁)に起訴し、右甲等をこれに併合の上審理させることができたことも認められる(このような起訴、併合審理は、当裁判所のしばしば経験するところである。)。それにもかかわらず、乙と甲とが併合審理されなかつたのは、捜査官らの手落ちが最大の原因となつたのではないかと思われる。しかも乙については、甲につきなされた勾留の効力を利用して被告人の身柄拘束のまま取調が行なわれていることを看過することはできない。もし右のような実行容易な方法によつて乙と甲とが併合審理を受けた場合には、仮りに甲につき無罪が言い渡されても、乙に基づき言い渡されるべき刑に未決勾留日数が算入されうることは最高裁判所昭和三〇年一二月二六日判決(集九・一四・二九九六)の認めるところであり、また乙の追起訴により審理が長引けば、乙の審理に伴い長引くべき未決勾留日数の一部は、甲だけの審理に伴うそれに附加して本刑に算入されうる筈である。

ところが、捜査官らの過失ないし怠慢又はことさらの起訴遅延のいずれかが原因になつているにせよ、甲が第一審を離れ控訴審に係属するにいたつて、ようやく乙が起訴されたという本件のような場合において、つねに未決勾留は、勾留状の発せられた事件ないしはこれと併合審理された事件の判決の本刑にだけ算入されるという論理を固守するならば、被告人の不確定な自由拘束という現実の冷厳な事実が無視され、刑事訴訟における公正、被告人の基本的人権の保障というその目的、本質に甚だしく背馳する結果を招来することにならざるをえない。捜査官らの過失、怠慢ないしは恣意による不利益を被告人に帰せしめることは絶体に許容できないところである。もつとも、甲につきなされた未決勾留日数の算入と、乙につきなされたそれとの合計日数が本刑を超過することがありうるということをもつて、乙については未決勾留日数の算入は、できないという論拠とする反論もあろうが、これはまさに観念論であつて、甲の実際の算入未決勾留日数が懲役一年六月の本刑に対し一〇日であること、控訴審の判決が通常多数の裁定算入をしないこと及びもし甲が控訴審で無罪となる場合においては乙につき現実に利用された未決勾留の苦痛の解消は刑事補償だけでは必ずしも十分とはいえないこと等にかんがみても、これを採用するわけにはいかない。かりに刑事訴訟法第四九五条第二項第二号により、甲にかかる控訴中の未決勾留日数の重複算入の結果が生じたならば、現実の執行面で控制されればよいと思われる。さらに、乙につき未決勾留日数を算入するには当裁判所において勾留状を発しておくべきであつたという議論もあろうけれども、このような訴訟技術の作為、不作為によつて、被告人の実質上の苦痛緩和の上に異つた結果をもたらすことは、技巧に過ぎた手段と思われるので、裁判所としては採るべきものではなく、また検察官が乙の起訴にあたりその各公訴事実につき勾留状の発付を求めなかつたことを、乙についての勾留の必要性を否定したからであると理解するならば、甲がなかつたならば乙について被告人は、在宅起訴となつたであろうといえるわけであるから、乙に関する取調、起訴、審理の間に加えられていた被告人に対する現実の強制的自由拘束は、未決勾留日数の本刑算入という処置によつて調整されてしかるべきものである。つまり、未決勾留日数の本刑算入は、甲が確定して被告人が既決囚となつていない以上は、各個の事件を基礎とする個別主義によるべきではなくて、一人一件主義的解釈によつて運用されなければならないと考えるのである。

本件につき、主文のように未決勾留日数を本刑に算入したのは、このためである。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判官 櫛渕理)

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